【2021年大学入試】共通テスト後の大学入試の出願動向などの情報まとめ
いよいよ始まった2021年大学入試。
私自身は現在中学所属なもので、直接指導に携わることは多くないのですが、受験は情報戦ですから、動向は追っていかなければなりません。
共通テストが終わっていろいろと情報が出てきているのでまとめながら考察していきたいなと思います。
基本的には個人用の備忘録になりますが。
ところで、共通テスト直後は「鼻マスク男」や「英語難しすぎ」といった話題がありましたね。
受験生(49)の文字にお茶を吹き出しそうになった人も多いと思いますが、そういえば僕の時にもやばそうな受験生は一定数いましたね。
特に印象に残っているのはピカチュウのコスプレをしたひげもじゃの、どう見ても40代のおっさんがいた時は笑いをこらえるので大変でしたね。
しかも、試験開始と同時にお弁当を食べ始めて、即退室させられてましたからね。
そういう人種は昔からいるんですよね。愉快犯的な。
アメリカでいえばカリフォルニア州知事選挙にシュワちゃんの対抗としてポルノ女優が立候補したのと同じでしょうかね。
それから英語の出題が大幅に変更されてツイッターのトレンドになったようですが、いまさらそんなことに驚いていることに驚きますが、そもそも共通テスト初日が終わってSNSに書き込んでるようじゃお里が知れますよね。
確かに、膨大な長文を読むのは窮屈ですが、求められる単語はセンター試験時代より明らかに下がっています。その分、資料の読解が多いですが、それは新入試の掲げるところの思考力重視なわけですから、文句を言うのは違うかなと。
さて、本題に入りましょう。
大学入試センターによる共通テストの結果の中間集計が出ましたね。
各教科のわかりやすい比較はこの記事がお勧めです。
国数英共に6割前後に収まっているのは本当にすごいなと思いますね。
なにかと批判も多いですが、定期試験など作問の経験がある立場からすればこれは凄いことだなと思っています。
記事内容を要約すると、不安だらけの共通テストもふたを開けてみたらそこまでじゃなかったから強気に出願してみようという受験生が多そうだぞって感じですかね。
河合塾の約40万人のデータによると、旧7帝大に神戸大、東京工業大、一橋大を加えた難関10大学を志望する受験生は、昨年より7%多い。東大は5%、京都大は1%増だが、東京工業大が12%増、九州大と神戸大が10%増、北海道大と大阪大が8%増などと人気を集めている。筑波大や大阪市立大といった「準難関・地域拠点」の10大学も4%増えている。
まあ、そもそもの話でいえば今年の大きな流れとして一般受験を回避して推薦や選抜入試で早めに進路を決定しようという大きな流れがあったわけですね。
さらに言えば首都圏私大の定員厳格化もあって浪人してまで大学にこだわる受験生もそもそも減っていたり、中には仮面浪人をしながらという人もいるんでしょうけど、魔境と化している首都圏私大入試では中途半端に頑張ったところでどうしようもないのを悟ってあきらめた人は結構多いと思います。
実際、共通テストへの出願者の去年からの比較を見ると
また、文理別では、理系学部に人気が集まっている。難関大では理系が9%増、文系が4%増となっている。準難関大でも同様の傾向だ。特に人気があるのは医学分野で、昨年より13%多い。ほかに薬学分野も17%増え、理学や情報といった分野でも増えている。一方、文・人文や国際関係の分野や教員養成課程では、3~5%減った。
世の中不況になると、何か手に職を、ということで理系人気が高まりますね。
さらに薬学分野に大きく流れているのを見ると、薬剤師という安定を手にしたいという思いが見えます。
もちろん、疫病の怖さを身をもって痛感したからこそ、将来自分がその解決に貢献したいという志のある若者がいることに期待したいですね。
それから、文系ではここ数年隆盛を極めた国際系や観光はそりゃ減るでしょうね。留学を目指して受験していった去年までの学生たちが不憫でならないです。
でもしれっと教員養成も減ってるのはなぜ?笑
不況になると安定志向から教員人気が上がると言われるんですが、コロナ不況より教員=ブラックのイメージが上回ってるのでしょうかね。
なんてこったい(;´Д`)
ただ、この子たちが薬剤師となって社会に出るころには薬剤師としての仕事の多くがAIに取って代わられているのでは?と思わなくもないですが。
大手製薬会社勤務の知り合いが言うには、すぐにでも移行可能なところを、業界がストップをかけて食い止めているのが現状だそうで。
まあ、それが真実かはわかりませんが。
こうやって将来の不安要素を挙げていくとマジできりがないですよ。夢の持てる世の中であってほしいなと思いますね。
さて、それからもう一つ。
北海道の受験生の動向を例に地元志向の高まりを紹介した記事です。
これを読んで思ったのがここ1年の首都圏私大が頑なにオンライン授業を続けたことが、地方の受験生あるいは保護者にとってはあまりいい印象ではないということですね。上京してもオンラインじゃ意味ないですからね。
緊急事態宣言解除後に小中高が通常登校を始めてもなお大学だけはオンラインを貫いたことが批判にあたることなのかどうか、難しいところですが、高い学費を大学の授業だけに払うと思うと納得できませんね。
あの自由なキャンパスライフがあってこその大学ですよね。
そしてこんなニュースも飛び込んできました。
宇都宮大学の前期試験中止。すでに横浜国立大学や山口東京理科大がすでに中止を決めていましたが、共通テスト後では初ですね。県外受験者が多い国公立大学では検討されるかもしれませんね。
ということで、共通テスト後の大学受験に関する記事をいくつか見ながらお話をさせてもらいましたが、結局のところ受験生の動向なんて言うのは最後の最後まで分かりませんよ。
この1月の後半から2月までの国公立出願期間に私大を含めて悩みに悩んでもらって納得のいく受験をしてほしいなと思いますね。
共通テストが振るわなくて今まで目指していた大学をあきらめるという場面もあると思いますが、それは全く恥ずかしいことではないですからね。

受験生の努力が報われますように。
気づいたらブログ立ち上げから1年たっていたので思ったことを自由に言う。
こんにちは、小野Tです。気づけば1月も終わりに差し掛かってきましたが、ふと気づけばこのブログを立ち上げてから1年が経っていることに気づきました。
1月になると学校では入試が始まります。作問や採点や諸々の仕事はもちろんあるんですが、試験中は割と職員室待機が多いので、そんな時にブログの立ち上げ方を調べていたのは何となく記憶にありますね。
初投稿が1月15日。タイ旅行についての記事でした。
写真一枚で記事を書いているので、おそらく仕事用パソコンに保存してあった写真でとりあえず書いてみようと思ったのでしょう。
投稿時間が14時なので、「やべ、仕事中じゃん」と思いましたが、土曜日なのでセーフ。笑
内容はともかくとしてすぐに何名かからスターをもらえたのがうれしかったですね。
なんであれリアクションがあるのは大きなモチベーションになるんだなと考えさせられました。
そのあと、ドメインの更新だかなんだかのミスで消えてしまいましたが。泣
で、時期的に最後のセンター試験を迎えたこともあり、受験関係の記事を書いていたようですね。
ブログの運営について参考にしていた記事ではテーマは絞るべきと言われていたのでブログのサブタイトルにあるように「旅とカメラと映画」について書くつもりがさっそくの路線変更。笑
でも、実際に当時受験生だった生徒になぜか広まっていたようで勇気が沸いたとかなんとか言葉をもらえてうれしかったですね。恥ずかしくもありましたが。
あんまり、学校の先生がおおっぴらにSNSやらコンテンツをオープンにするのはどうかという風潮はありますが、自分としては逆に正しい使い方を見せていこうかなと考えています。
instagramには旅の写真しか載せていないので、初めて会う生徒に自己紹介がてら見せてますし、自分という人間を知ってもらうのにすごく都合がいいです。最近は保護者にフォローされることも増えたので、気が抜けませんが。笑
卒業生の近況やらも知れていいことずくめですね。最近の子はあまりfacebookをやらないんですかね。
youtubeにも海外で撮った動画を保存の意味合いで投稿しています。主に生徒が面白がってみてるんでしょうが、それはそれでまあいいかなと。
手広くやりすぎてほぼ放置状態ですが。笑
https://www.instagram.com/onotaka1986/?hl=ja
フォローおなしゃす!
その後、2019年年末の北京旅行をまとめました。写真が近くにあったからですが、単純な旅行記でオチもないんですけど記事を書きながら余韻に浸る感じがいいですね。
そして、そこから過去の旅行先でのトラブル話を中心に記事を書いていきました。
このブログを立ち上げた目的こそがそれで、年々記憶が薄れていく海外での雑談を形に残そうと思ったわけです。
その中で特に反響があったのはこの記事ですかね。
facebookでつぶやいたこともあり、久しく会っていない友人から「おもしろすぎるからTwitterで拡散していい」とミクロレベルでバズったのが驚きでしたね。
とそんな感じでブログ更新に熱心だった頃、一つの目標ができました。
「Googleアドセンスに合格してこそブロガーとしてのスタートライン」
記事に広告がつけられるようになるということですが、それで収益がどうのこうのというより、Googleに認めてもらうことがモチベーションになっていたと思います。
というわけで、2度の審査申請の末、立ち上げから1か月で合格の通知が。
と、ここまではブロガーとして順調に走り出したわけですが、目標を達成した途端に燃えカス状態に。

それでもなんとか更新を絶やすまいとあらがっていたようですが、年度が替わった4月以降消息不明に。笑
まじめに本業を頑張っていたということではあるんですがね。
まあ、まじめな話をするとコロナ自粛の中、のんきに海外の思い出を語るのもむなしくなるだけだったというのが一番の理由ですね。
かといって日常の話や時事について語るのは自分的には違うなとも思いました。
そんなわけで、更新が100日開いたりなんていうことがざらにあったんですが、それでも1日にブログへのアクセスが数件は必ずあったので、嬉しいというか不思議でした。
Googleアナリティクスでアクセス経路なんかを見てみると、instagramやfacebookが主ですが、ネット検索も徐々に増えているようです。
そういえば、社会の授業中に生徒に海外についての調べ学習をさせていたら生徒が中国について調べる中で僕のブログにたどり着くというおかしなこともありました。笑
自分でやっておいて変なこともあるんだなと思いましたね。
こうして、2021年になりやはり入試の時期になりブログをアップすることが増えてきたのですが、ずばり今目標が1つあります。
それは・・・。
「ワードプレスに移行する」です。
そもそも、コンテンツの発信元を1つにまとめたいというのは以前から考えていたことで、自分のHPを作ってみようという意欲が今ものすごく高まっています。
正月休みに本屋に行ってワードプレスについての解説本は買いました。読んでませんが。笑
確かこれですね。
なので時期を見て本格的にとりかかってみようかなと思います。
もちろん、はてなブログは個人的には気に入っていて、グループやブログでつながっている方々の記事はいつも楽しみですし、刺激をもらえることも多いですからね。
なので、コンテンツの窓口を1つにする。自分の思い通りのレイアウトにするくらいの理由ですが、新たな挑戦ということで考え中でございます。
問題はそれをいつにするかということですが、今確認したらはてなブログPROが5月に更新となるのでその前ですね。
しかし、4月になると何かとバタバタして忘れる可能性が高いので、2月中からこつこつ準備はしていこうと思います。
そう考えると意外と時間ないんだな。
さて、まとめますが、気づけば1年たっていたブログ運営のずばり感想ですが。
やってよかったなと思います。
べつにお金になるわけでもなんでもないんですが、自分の過去のトラブル話とか自分で読んでておもしろいんですよね。
これが10年後も形として残るわけですから。
そんなわけで、いつもスターをつけてくれたり、感想を言ってくれたりする方々だけでなく記事を読んでくれたすべての形に感謝ですね。
ちなみにこれまでの延べ訪問者数はもうすぐで8000人くらいになるみたいです。
すげー!
ということで高校入試で職員室待機中からお届けいたしました。笑
今後も無理なく続けていこうと思います。では。
【インド シュリーナガル】北インドで本物の水上市場を体験してみよう!到着編
こんにちは。小野Tです。
寒さ極まるこの季節。皆様お元気でしょうか?
冬になるとなぜかブログ熱が高まる私でございます。
いつになったら海外へと自由に行けるようになるかわかりませんが、そんな時だからこそいろんな人の旅行記を読んで気持ちを紛らわしたくなりますね!
というわけで、今回はインド旅行編!北インドのシュリナガルを訪れた時の話をしたいと思います。
たまたま、写真を整理していたら出てきたので記事にしていこうと思います。
インド北部シュリーナガルへ行ってみよう。
さて、今回触れるシュリーナガルですが、実は当初行くつもりはありませんでした。
インド中毒の私は2年に1度インドに行かないと禁断症状が出る体質でございまして、この時も何か目的があるわけでもなく、「今年はインドだろ」くらいにとりあえずニューデリーに到着しました。
空港から市街地へと向かい、ニューデリー駅周辺をぶらぶらしていた時のこと。
怪しげなインド人がフラリ。
(*´Д`)<へーい!マイフレンド!これからどこに行くつもりだい。
来た来た。このへっぽこインド人め。
最初に来たときはこれでもかというぐらいにうんざりさせられましたが、このうざい感じが癖になるんですよ。
東南アジアにはないんですよね。
とりあえずこやつの話を聞いてみようということに。
(*´Д`)<特に目的もないのかい?それはダメだよ!せっかく来たんだからインドをエンジョイしなきゃ!
ほう。確かにね。
(*´Д`)<タージマハルきれいだよ!!
そんな王道はもう何度も行ったわ!却下!
(*´Д`)<それならヴァラナシはヒンドゥー教の聖地で素晴らしいとこよ!
ヴァラナシはもう飽きた!!ガンジス川で泳いだりもしたわ!
(*´Д`)<それならジャイプルはどう?ピンクタウンがきれいよ。
それも行きましたわ!もっと私たちの知らないインドを見せてみろ!!
(*´Д`)<うーん、それならカシミールはどう?カシミヤって知ってるでしょ?
カシミール?
カシミールだとぉ!!めちゃくちゃ行ってみたい!!
しかし、知ってる情報だと中国やパキスタンと領有をめぐって紛争状態だったはず・・・。
これは行って、確認しなければならない。(使命感)
ということで、そいつの言われるがままにオフィスまでついていくことに。
その後、ボスらしき人にカシミールまでの飛行機をコーディネートしてもらう。
ここまで、特にだましやぼったくりの要素は見当たらず。
そして、紹介されたのがカシミール地方にあるシュリーナガルという街。
どうも、湖に囲まれた街があるらしい。イイね!
シュリーナガル到着
デリーの空港からシュリーナガルまで片道約5000円くらい。時間は2時間くらいだったかな。
地方の空港なので汚いですが、これはこれで冒険している感じがあって好きです。
その後、手配されていた運転手と合流し、ダル湖方面へ。
山の中腹にある湖なので、結構険しい山道をひたすら進みます。
そして、湖が見えるところまできて運転手とはさようなら。
次にまた手配されていたボート漕ぎの人にお世話になります。

名前は何だったっけなー。思い出せませんが、2人の娘さんを持つ寡黙なインド人です。
とまあ、事前に手配されていたのはここまでなので、その日の宿はまだ決まっておらず。
しかし、時代は進んだもので、アプリで宿が予約できるようになったのだ。
エクスペディア登場!!5年前くらいですかね。
さっそく検索。シュリーナガル・・・っと。
・・・
・・・
「お探しの地域にホテルはありません。」
え、マジ?
軽く動揺・・・。
しかし、こんなことではテンぱらないだけの経験値が俺にはある!
その後、何度検索しても出てこず・・・。
そうこうしてるうちにボートはどんどん湖の奥に進んでいきます。
そして、ついに寡黙なボート漕ぎが口を開く。
「ところで、お前らはどのハウスボートに泊まるつもりなんだ??」
は う す ぼ - と ? ?
なにを言ってるんだこいつは。知らない単語を出すな!ビビるだろ。
しかし、薄々は気づいているのだ。ここは湖の上、普通のホテルなどあるわけがないことを。
見えてる景色はこんな感じだから。


これおいくらですか( ゚Д゚)??
高いの?安いの??
なんという情報不足。またやってしまった。
「実は、今日泊まるホテルはまだ決めてないんだ。」
もう正直に言うしかないわな。
するとインド人もびっくり、ボートを漕ぐ手を止めてこちらを振り返る。
「も、もちろん自分たちで探すから適当な場所に停めてくれれば大丈夫よ。」
たくさんあるハウスボートとやらのどれかは空いてるでしょ。
とにかく値段交渉は自分でしたいんだ!!
すると、漕ぎ手のインド人
「正気か?」
うわーーーーー!!!インド人にだけは言われたくないセリフNo. 1やんけ!
「ここカシミールはパキ(スタン)と戦争状態にあるんだ。今は特別戒厳令が出ていて外出禁止令が頻繁に出るんだぞ。この緊張感がお前には伝わらないのか?」
緊張感と言われても・・・。
自分今、湖の真ん中でボートに乗ってるんで。無理っす。笑
今までもあれこれ理由つけてホテルは俺に任せろ的なインド人はたくさんいたけど戦争とか持ち出されちゃうとねぇ。
おじさん困っちゃうなー( ´Д`)y━・~~
「しょうがない、俺が特別に手配してもらうように頼んでやる。」
うーん。
でもお高いんでしょ??
「値段については後でオーナーに確認してくれ。俺は知らん。」
まあ、しょうがないか。甘んじて受け入れよう。
と言うわけボートで湖の奥の村まで進んでいく。




ご覧のように湖なので多くの人の移動はボート。岸辺にお店がたまにあるような感じです。
すれ違う人たちは皆笑顔で接してくれます。
めっちゃええやん( ^ω^ )
と言うことでハウスボートに到着。
オーナーはまだ夜に戻ってくるとのことなので、それまでくつろぐことに。
大まかに説明するとダイニングルームとベッドルームにバス付き。
インドに来て初めて風呂のあるところに泊まる気がする。
これは高級である証。不安だ。
そして、いよいよ夜になり、オーナーらしい男が登場。明らかに身なりが良さげで金持ってそうな感じ。
軽い世間話と自己紹介しつつ、シュリーナガルでできる観光などについて紹介される。
ざっくり提案された内容としては以下の通り。
水上マーケット見学。
湖の中に咲いているロータス(蓮)ツアー。
周辺寺院の見学。
山岳沿いに住んでいるジプシーの家を訪問。
ヒマラヤトレッキング。
なかなか面白そうなラインナップじゃん。
しかし、サンダルにシャツしかない私たちにヒマラヤトレッキングは無理なので、それは除外してもらうことに。
さぁ、気になるお値段はいかに。
ちなみに所持金は4万円です。もちろんこんなところで4万全て使う気はねぇがな。
「それでトータルでおいくらですかね??」
頼む。安くあれ。
オーナーは立派に蓄えられた顎髭を何度もなぞりながら何やら思案中である。
そうだな、8万ってところかな。
えっ・・・。まじ?
貧乏旅に慣れすぎてる私には8万とか言う金額がこの世の数字には思えないのである。
あ、でも二人でなら別に高くはないか。
「もちろん、一人当たりな。2人で15万にまけといてやる。」
・:*+.\*1/.:+なんですとーーーー!!!!
いや、別にぼったくられてるとは思わない。サービスに対する正当な対価なのかもしれない。
それにオタクらインド人からしたら日本人は金持ちだと思っているんだろう。
だがなぁ。
俺は、貧乏なんだよ。
ということで、どうにか安くならないものか交渉開始。
しかし、いろんなツアーをキャンセルしようにも値段はあまり変わらず。
あれ?おかしいな。もしや。
「ところでこのハウスボートって一泊いくらなの?」
「一泊1万3千円だな。戒厳令中だからそんなもんさ。安全が保障されてるだけありがたいと思わないと。もちろん一人当たりだぞ。お前ら4泊するんだろ?」
うそ〜ん。高すぎるっすよ。しかし、実際に戒厳令の状況なので、ふらふら湖の外で宿を探すのは難しい。
でも、ごめん。財布に4万しかないのよ。
起死回生の一手を思いつく
というわけで金がなくてうろたえる私たちをオーナーは不思議そうな目で見ている。
金持ち日本人がなんでこんなにお金にこだわっているのかさぞ不思議だったのでしょう。
そんな微妙な空気を紛らわそうとしたのか、オーナーが話題を変えてきた。
「それよりお前、いいカメラ使ってるな。高かったろ?」
と、注目してきた私のカメラCanon5DMarkⅡ。
いや、確かに高いんだけどこれは中古で、これを買ったせいでお金ないのよ・・・。
このカメラのせいでなおさら金持ちだと思われているのが皮肉でしかない。
しかし、この時我、天啓を得る。
「そうそう、私写真家なんですよ。」
広い意味では嘘ではない。Instagramに写真あげてるしね。(白目)
https://www.instagram.com/onotaka1986/
「やっぱりそうか。いいカメラだ。」
「で、実は日本で旅行雑誌を作っているのよ。だからお願い、この宿のことを紹介するから安くしてくれないかな?」
はい。まごうことなき嘘。でも、安くなるならなんでもいい。
頼む。
「お前さっき教師やってるって言わなかったか?」
あ、やべ。忘れてた。
しかし、後には引けぬ。
「両方やってるのよ。でも、本業は雑誌編集者だよ。」
もう良心など湖に捨てる事にした。
しかし、オーナーは細めでじっとりと私のことを観察している。
疑っているのだろう。
そしてこう言った。
「なんていう雑誌だ?」
え、雑誌名ですか?そんなこと聞くなんてもしや日本の出版業界に精通しているのでは。
いや、そんなわけないか。
いろんな考えが頭を巡る。
どうしよう。
少年ジャンプ・・・少年サンデー
漫画ばっかじゃねぇか。
どうしよう。
そして捻り出した答えが。
「と、東京ウォーカー。」
自分でも不意をついた答えに笑いそうになるも我慢。
とりあえず東京とつけば日本の雑誌なのは伝わるだろう。
でも、ウォーカー(散歩人)って英語じゃん!バレる!!
やべ・・・。
「・・・どんな雑誌なんだ?」
「東京の人に世界の歩き方を伝える雑誌なんだ。東京の人は全員知っている人気雑誌だよ。」
なんとかウォーカーの部分を誤魔化せたか。
しかし、瞬時に嘘が出てくる自分が嫌にもなる。
さぁ、どうですか?
「なるほど。じゃあそこにダル湖を紹介してくれるんだな。それで東京の人たちが大勢来るようになってくれるなら安いものだ。いいだろう。交渉成立だ。値段はお前が決めろ。」
よかったーーー!!
東京ウォーカーには乗らないけど、個人的にいろんな人に勧めるね。(心の声)
こうして値段を3万円くらいにまで下げることで交渉は成功。
不安なくぐっすり眠れましたとさ。
ということで、インド北部のシュリーナガル到着初日の話でした。
教訓
宿ぐらい事前に決めておけ!特に僻地を訪れるときにはな。
ご愛読いつもありがとうございます。少しでも面白いと思っていただけたらブックマークやSNSでシェアお願いします。
次回、目的の水上マーケット編です。では。
*1: °ω°
【JORDAN?いや本気です】エジプト旅行記③〜エジプトからイスラエルへのルートを探してたら沼にハマった話〜
こんにちは小野Tです。
さて、エジプト旅行記の続きです。今回は些細なことなんですが個人的にツボにハマって忘れられないちょっとしたトラブルのお話です。
これまでの過去記事をまだお読みでない方はお先にこちらをどうぞ。
エジプトからイスラエルへの行き方を考える。
さて、エジプトに滞在して数日が経ち、次の目的地であるイスラエルへのルートを考えました。
というか、頭の中では既にイメージは完成していました。
それが通称「モーセルート」
簡単に説明しましょう。
まず、紅海を割って海を進みます。
そしてシナイ山に登り十戒を授かります。
最後にヨルダン川を渡りイエルサレムへ。
なんとロマンあふれるルートなのでしょう。
しかし、1つ難点があります。
海を割る力が私にはない。
だって人間だもの。
これは大いなる誤算。
というのは冗談ですが、船の手配などきめ細かな準備が必要なので諦めることに。
次に陸路でイエルサレムに進むルート。
このルートの途中にはあの有名なアスワンハイダムがあります。
さらに進むと中東での紛争地域のガザ地区が。
これはバイブスが上がる。しかし、とにかく危なそう。
とりあえず陸路での方法を模索することに。
と言ってもノープランな自分にとってはネットだけが情報源。
とりあえずカイロにあるWi-Fiのあるレストランで情報を集めることに。
相席になったガザから来た男
ということで食事がてらレストランに入る。
と言っても手狭なベーカリー屋さんといった感じの店。
カウンターで注文し、商品を受け取って席に着きます。
頼んだのは野菜多めのサンドイッチ。でもパサパサで美味しくはなかったです。
しかし、ラマダン中に開いている数少ない店のお昼時、店内は客でごったがえしていました。
すると、テーブルの向かいの席に知らない男が座ります。
別にこのことは何も気なりません。相席なんだろうと。
しかし、褐色の肌をしたその男は手足がそれぞれ片方ありません。
一瞬ギョッとなるも、人生人それぞれだろうと思い、目を逸らします。
すると、男の方から話しかけてきたのです。
「兄ちゃん、俺の手足がないことが不思議か?」
いや、別にそんなことはないですが・・。と思いつつ苦笑いで返します。
返すしかないですよね。
男はこちらの反応などお構いなしに、話を続けます。
「俺はな、ガザ地区の生まれなんだ。ガザのことは知ってるよな?そしてイスラエル軍の空爆によって家族も家も失ったんだ。俺の大切な友人もな。俺はこうして生きているが不自由なもんさ。」
そうですか・・・。
はい、陸路で行くのやーめた( ;∀;)。
だって、まじでシャレにならないやつじゃねぇか。
ということで陸路ルートも断念することに。
残すルートといえば。
イスラエル行きの飛行機を探す
もちろん空のルートですね。
しかし、混迷極まる中東情勢。
アラブの代表的存在のエジプトからイスラエルへの直行便は当時はありませんでした。
なので、とりあえずダメもとでカイロ内にある旅行代理店に行くことに。
それらしき看板を見つけて中に入ります。
エアコンのきいたいい感じのオフィスにスーツを着て髪の毛をポマードでビシっと固めた男が笑顔で迎えてくれました。
そして、イエルサレムに行きたいと伝えます。
一瞬男の顔が暗くなりますが、何やら提案し始めました。
ところで、ここまで当然のように現地の人と会話しているようですが、本当のところは片言の英語で、相手の話もほとんど聞き取れません。
エジプトの英語はかなりなまりが強いです。
それでも、その場の雰囲気や会話の流れとたまに聞き取れる単語の意味から推測して会話が成立している状況でした。
しかし、この店員かなり早口なのでなにを言ってるのかほとんどわかりませんでした。
それでもなんとか単語だけで聞き取ろうと必死に耳をかた向けます。
「?????????????????????????????????,冗談,??????????????????????」
ん?こいつ今冗談って言わなかったか?
もちろんそんなこと言う分けないのはわかっているのですが、唯一聞き取れる単語がジョーダンなのです。
脳内であらゆる推理が行われますが全く真実にたどり着けず。
すると、人間都合のいいもので、こう考えるわけです。
もしかすると、日本から来た我々の気を引こうと必死に冗談を言ってくれているのではないか。
もちろんそんな訳はないのですが、爽やかに笑って話す店員にもしかしてと、思ってしまうのです。
なので、店員から「ジョウダン」の単語が聞こえるたびにちょっと大げさに手を叩いて笑ってみることに。
すると、
「オウ!ジョーダンOK!?」
おっ、まさかの会話が成立している。
しかし、私は今イスラエルへの道を真剣に探しているのだ。
冗談は終わってからにしろ。
「NO 冗談!I'm serious!」(冗談はいらない。俺は真剣だ!)
いくら日本人相手にユーモアをかまして気を引こうとしていようと私には時間がないのだ。
さあ、早く経由地を教えろ。
すると、店員はものすごく困ったような表情で話を続けます。
「OK!OK!I KNOW! But. ???????????????冗談?????????」
こいつまーだくだらねぇこと言ってやがる。
こっちが冗談で店に来たと思ってやがるのか。
と、こちらの本気を示すために。睨み付けるようにまくしたてます。
「冗談はいいからとっととイスラエルへのルートを教えんかい!!」
多分へんてこりんな英語だったんでしょうが本気度は示せたはずです。
しかし。
「もちろんこっちも真剣さ!??????????冗談?????あんまん????冗談!!」
この野郎マジでなめんなよ。何が冗談のあんまんだ。増やすんじゃねぇよ。
さすがに我慢ならんと思い。立ち上がり大きな声で叫びます。
「いいからイスラエルまでのルートを教えろ!!お前の冗談もあんまんも知るか!!」
とここまで来て店員も異常を察知したのか、カウンターの奥にある地図を広げて必死に指を刺して何かを伝えてきます。
そこに書いてあったのは。

あっ。これめっちゃ恥ずかしやつじゃん。
日本だとヨルダンとして認識されてますが、英語ではジョルダンというんですね。
確かにイェルサレムのこともジェルサレムと言っていたので冷静に考えればわかることなのに。
おまけにアンマン国際空港。これも冷静に考えればわかるのに( ;∀;)。
ぜんぶエジプトの暑さのせいだ。

なんでもないです。失礼しました。
と、そこから極めてナチュラルに最初から知ってました感を出すように穏やかに会話を進めることに。笑
そして、パスポートを渡し、航空券を発行してもらうことに。
とりあえずこれで一件落着だし、面白いネタもできたし、結果オーライっしょ。
しかし、最後の生年月日を入力してるときに店員が一言。
「ただヨルダンとイスラエルもめちゃくちゃ仲悪いから上空で撃ち落とされるかもしれないけど大丈夫かな?割と最近もあったんだよね。」
は?
いい訳ねえじゃん。馬鹿かよお前。
どういう思考プロセスを経たら客に死ぬかもしれない航路の案内をするのだろうか。
マジで謎。
すぐに入力を辞めさせて、安全なルートはないのかと尋ねる。
「そうだねー。それならトルコ経由が一番だ。少し値段はかかるけどね。」
比較するとその差額は往復で5000円くらい。
そりゃトルコ経由にするっしょ!
というわけで、無事?イスラエルまで行く手段をゲットすることができました。
しかし、このトルコ航空便も過去一ヤバイ航空会社でした・・・。
が、詳しくは別の記事で紹介しますね。
それでは。
ここまで読んで面白いと思っていただけたら、SNS等で拡散お願いします。
目的地であるイスラエルでのトラブルシリーズも是非お読みください。
海外渡航の規制解除に関する記事とオーストラリアベトナムの新型コロナ感染者の現状について
こんにちは。小野Tです。
テレビ朝日の記事にて海外渡航の解除についての記事が出ましたね。
もう海外好きには暗いニュースばかりなので、これからのこととはいえ気になって仕方ないです。
なので、いつかくるであろう全面解禁までの経緯を忘れぬように記事にしていこうと思います。
政府は新型コロナウイルスの感染拡大を受けた海外への渡航中止勧告について、来月から段階的に解除する調整に入りました。 外務省は現在、159の国と地域について感染症危険情報を渡航中止勧告の「レベル3」としています。政府高官によりますと、このうち感染状況が落ち着いている国や地域については、不要不急の渡航自粛を呼び掛ける「レベル2」に引き下げる方向で調整しているということです。引き下げは来月から段階的に実施し、まずはベトナムやオーストラリアなどが対象となる見込みです。政府は来月から全世界を対象にした入国制限の緩和も決めていて、海外との往来を徐々に再開することで経済活動を本格化させたい考えです。
政府 来月から豪などへの渡航中止 段階的解除へ(テレビ朝日系(ANN)) - Yahoo!ニュース
旅行会社に勤める知り合いのいうことには3年は海外渡航は厳しいと言われていたのでこれはうれしいニュースですね。
もちろん、今後の感染状況によるんでしょうけど。
今回対象としてあがったオーストラリアやベトナムの新型コロナ感染状況についてまとめてみました。
オーストラリア
9月27日時点でのオーストラリア全体の感染者数は27名。かなり少ないですね。
https://www.traveldonkey.jp/blog/australia/6891/
これまでの累計の感染者数は27040人で死者数は872名だそうです。
地域別でみると感染者27名のうちヴィクトリア州での感染者が16名と大半になっています。

南東部にあるヴィクトリア州の代表的な都市であるメルボルンがあります。
首都キャンベラ・シドニーのあるニューサウスウェールズ州は感染者ゼロでした。これはすごい!
これは期待できそうですね。
ベトナム
参考にさせてもらった記事はこちらです。
【ベトナム・ダナン】新型コロナウイルスの入国制限・国内処置等の動向・9/22更新 | Danang de 観光 | ダナンスタイル || ダナンが好き Danang.Style
9月17日時点ではベトナム国名で約130名です。
要請事例の1063件のうち946名は治癒とのことです。
ベトナムの入国制限について簡潔にまとまっているので引用させてもらいます。
ベトナムへの入国は3月18日の政府発行の公文書(第102号)発行により困難となり、3月22日からは完全に外国人の入国を停止を掲げられています。
これに伴い海外に住むベトナム国籍を持つベトナム人学生や会社員についても所定の手続きを行わなければ入国ができなくなりました。
このように、事実上ベトナムへの一般の方の入国は認められていない状況ですが「外交・公用旅券保有者、企業管理者、高技能労働者、専門家」であれば多くの所定の手続きを踏むことにより特別便でベトナムへの入国が一部可能でした。
実際に、入国が禁止されていた3月末から約4ヵ月後に、日本商工会議所のアレンジもあり6月25日~27日間に約440人がベトナムへ入国しました。
その後8月30日に一部旅客機の運行がされる動きが見え始め、ベトナムの首相が日本と韓国の商業ルート(貨物ではなく人が乗った旅客機)再開に向けて運輸省に詳しい調整を指示したため、一部の人に向けて旅客機の開通が近いと予想されました。¹
9月15日から国際線を正式に再開することが決定し、一部対象者に隔離期間5日間を設け、その他コロナ感染防止策を守ることを条件に、中国、日本、韓国、カンボジア、ラオス、等と週2の便で開通し始めました。²
ということで現在は隔離条件つきですが日本便が再開しています。
しかし、一般旅行者に5日間とはいえ隔離されるのはリスクが高いですね。
ワクチンが開発・流通するまでは気軽に海外へとはいきませんが、少しずつでも改善されているのはうれしいことです。
みなさんも、来るその日まで予防に努めて楽しくいきましょう。
【どうしてこうなった?】エジプト旅行記②~ぼったくり対策してたらカーチェイスに巻き込まれた話~
こんにちは、小野Tです。
さぁ、エジプト編の続きを話しましょう。
前回の記事をお読みでない方はこちらからどうぞ。
↓
各交渉がうまくいかない件
さて、その後も、移動はタクシーを使うのですが、
ここで日本人旅行者がであう最初の難関が値段交渉とぼったくりですね。
前回説明した通り、気まぐれでタクシーに変身するのでメータータクシーなどほとんどないので言い値での運賃になるわけです。
そこで、値段交渉を行わなければならいのですがこれがなかなか思うようにいきません。
ガイドブックには「最初に言われた値段の10分の1が現地価格」とあったので、その通りに10分の1を要求してみますが怒られます。
せいぜい2割引き程度が限界でした。
それでも、物価の関係で言えば、日本でタクシーに乗るよりかははるかに安いんですがね。
だが、悔しい。
何か良い方法はないだろうか。
そんなことを考えながら、夜にカイロのはずれからホテルに戻るタクシーを探していた時のこと。
言い寄ってきたタクシー運転手が一向に値引きに応じないので、さすがにキレて
「もういい!ほかのタクシーにする!!」
といってその場を立ち去ると
「ごめんよー、さっきのは冗談さ。君の言う通りの値段で乗っていいよー。」
と初めてこちらの希望の値段で乗れたんですよ。
なるほど、これだけタクシーであふれてるんだから急いで決めずに何台か比較すればいいのか。
思い返せば簡単なことなんですが、昼間の暑さもあって早く乗りたいという気持ちで冷静な判断ができていませんでした。
そんな、教訓を得て次の日を迎えました。
いざ、ピラミッドへ。
その日は少し朝遅めに出発し、うだるような暑さの中タクシーを捕まえようと試みます。
目的地はピラミッド。エジプトといえばですよね。
我々がテレビで見るピラミッドはカイロにはなく、いわゆる「ギザの三大ピラミッド」ってやつですね。ですから、これまでで最も長距離の移動となります。

こんな感じの位置関係です。直線距離にすると歩いていけなくもないんですが、タクシーだとハイウェイを使って向かいます。
距離にして25Kmくらいでしょうか。
さて、いくらが妥当か。
これは、慎重に値段交渉する必要があるな。
歩き始めるとさっそく1台目のタクシーが横に停まります。
正確には有象無象の車の群れがクラクションで我々を呼び止めるとんでもない状態なんですが、ややこしいので無視します。
その1台目の運転手はあごひげを蓄えた白髪のおじいさんでした。
「ジャパニーズ!乗りなよ!どこに行くんだい??」
行き先をピラミッドと伝えるや否やじいさんの目が鋭くなりました。
たぶん、ぼったくりチャンスと確信したんでしょう。
で、先にお断りしますが、10年前のレートは覚えてないので
現在のレート(1エジプトポンド=6円)に置き換えて話をさせてもらいます。
さらに日本円への換算も大体なので細かいことにぶつぶつ言わないでくださいね。
話を戻して。
じいさん運転手の最初の提示は1500ポンド。(約9000円)
その後、1000ポンドまでは簡単に値切れましたが、それ以上には難色を示し文句を言ってきます。
まあ、6000円くらいで高速道路で20キロですから別にいいかなとも思うんですが、先の旅費のこともあるのでここは切り詰めたい!!
そこで、昨日学んだことを実践します。
「もういいよ。ほかのタクシーにお願いするわ。さよなら。」
さぁ、これで交渉を有利に進めるんだ。
横目でじいさんをとらえながら反応を見ると、呆れた顔をしてそのまま行ってしまいました。
あれ?うまくいかないか・・・。
と、しばらくそのタクシーを目で追いかけていると、一つ先の交差点でUターンしてるじゃありませんか!
そして、こちらに対してジェスチャーで「待っててくれ」と手のひらで合図しています。
来たぜ。よっしゃ。
しかし、渋滞の通りをUターンして、私たちのもとに来るのに結構時間がかかるわけです。
すると、別のタクシーが私たちに声をかけてきました。
2代目のタクシーは若いお兄ちゃん運転手でした。
「よう兄ちゃんたち!タクシーどうだい?安くするよ!」
かなりノリのいい感じです。
あーー。どうしようかな。
じいさんには悪いけどこっちにしちゃおうかな。
と心の中で考えつつ、お兄ちゃん運転手と値段交渉を始めました。
しかし、やはりというか6000円より安くしようとすると渋い表情になり譲ってくれません。
おそらく、ピラミッド観光は鉄板ですから、外国人向けの相場ってもんがあるのでしょう。
その時、ある一つのアイディアが浮かびます。
( ^ω^ )<「あのさ、あそこにいるタクシーがあるでしょ。
あのじいさんも6000円で載せてくれるって言ってるんだけど、
もし同じ値段なら先に声かけてくれたじいさんの方に乗ろうと思うんだけどどうする??」
我ながら素晴らしい作戦である。競わせればよいのだ。
そうこうしてるうちにも爺さん運転手のタクシーが近づいてきた。
「んー。わかったよ。兄ちゃん交渉上手だね。5500円でどうだい?」
んー。もっと安くしろよ。と思うも値切ることには成功。
しかし、私の中の悪魔は満足しなかったのだ。
じいさん運転手のタクシーが戻ってきたのだ。
日本人という太客をとられると思ったのか、タクシーから降りて走って寄ってきた。
我つぶやく。
「ねぇ、じいさん。この若い兄ちゃんは5500円で載せてくれるって言ってんだけどどうする?」
この悪魔の一言で、事態は予想しない方向へと展開されていくのであった。
じいさんは顔を真っ赤にしてさらなる安値を提示したのです。
それに負けじと兄ちゃんも安値を提示・・・。
我、勝つる。
完全勝利の4文字が頭をよぎりつつも、表情には出さず成り行きを見届ける。
最終的に約1000円くらいの値段を兄ちゃんが提示する。
もうじいさんも兄ちゃんも正気ではない・・・。
でも・・・
でもでも・・・

安けりゃなんだっていいいんだよ!!
もうこの辺でいいだろうと判断し、じいさん運転手の肩を優しく撫でながら
「すまんね。兄ちゃんのほうに乗るわ。またな。」
って感じで別れを告げると、私の手をつかんでじいさんが少し離れた場所へ連れて行かれる。
じいさん曰く。
「いいか、日本人。流石にあの値段は安すぎる。冷静に考えろ。あいつはきっと知らない路地にお前を連れ込んで財産丸ごと奪うに違いない。俺を信じろ。」
確かにそのリスクはあるな・・・。
だが、お前も十分怪しいぞ!
しかし、じいさんの言うことも一理あるなと言うことで、友人と相談。
結果、じいさんの意見を採用することに。
理由としては、
最悪知らないところに連れてかれても喧嘩で勝てそうなのはじいさんだから。
これ結構大事よね。
と言うことで兄ちゃんには悪いがじいさんのタクシーに乗ることに決定☆
しかし、この理由というかニュアンスを英語で兄ちゃんに伝えるのはdifficultなので、「sorry」の一言でじいさんのタクシーに乗り込む。
今思えばこれが不味かったよなぁ・・。
当然、兄ちゃん運転手は納得せず車から降りてきて口論に。
じいさんと兄ちゃんが顔がくっつくくらいの距離で口喧嘩している・・・。
許せ若者よ。
この世は理不尽ばかりなのだから。笑
それから5分ほどしてじいさんが運転席に戻ってくる。
しかし、窓の外から兄ちゃんがバンバン叩きながら何か文句を言ってくる。
もう、めんどくさいから早く出発してくれ。
自らが引き起こした事態とは言え、このぐらいやらなきゃ安値は引き出せないってもんでしょう。
今までぼったくってきたお前らが悪いんじゃ。
と、自分位言い聞かせつつ、タクシーはギザに向けて動き出したのである。
ハイウェイからギザへ
ついに、渋滞の中カイロからギザへ。
いろいろあったけど待ちに待ったピラミッドへ!
( ^ω^ )<ウェーイ!!エジプトといえばピラミッドっっしょ!
否応なくテンションが上がります。
そして、間も無くしてギザへと続くハイウェイに乗りました。
当然、車はぐんぐんスピードを上げていきます。100キロ以上出ていたのを後部座席から確認。
しかし。
その背後からさらにスピードを出して近づいてくるタクシーが1台あったのです。
映画ばりのカーチェイス始まる。
明らかに動きが以上な1台のタクシーをバックミラー越しに確認。
まさかな・・・。
しかし、おじいさん運転手が露骨に舌打ちして言動がおかしくなったことで確信。
そう、
兄ちゃん運転手が追ってきたのである。
いや、追いかけてどうすんのよ!そんなことあり得る!?
と心の中で呟く刹那、
奴はもう隣にいたのである。
に、兄ちゃん。
窓から見える兄ちゃんの形相は鬼のそれを遥かに超えた、見たこともない怒りの形相。
そして、窓を開けてこちらに何か汚い言葉を投げかけている。
しかし、そこはベテランのおじいちゃん、全く意に介せず。
さすが、信じてよかったぜ。
しかし、それにさらに腹を立てた兄ちゃんが胸ポケットから何かを取り出したのである。
それが・・・。

マイナスドライバーー!!
そしてこちらの窓ガラスをガンガン叩いてきたのである!
すると、さっきまで冷静だったじいさんも顔を真っ赤にして怒り始める。
じいさん、落ち着いてくれ・・・。
そんな祈りも虚しくじいさんも胸ポケットから何かを取り出した。

マイナスドライバーーーーーーー!!!!!!!!!!!
なんで!???なんで持ってんの!?
エジプトでは普通なのだろうか。
そして、じいさんも負けじと相手の車をガンガン攻撃し始める。
どうなってんのまじで・・・。
とりあえず今の状況を冷静に振り返ってみよう。
その1:ハイウェイで100キロ以上で走ってる。
その2:もちろん他の車もめっちゃ走ってる。
その3:明らかにこっちの方が危険である。
その3について説明させてください。
ここはエジプト、車はもちろん左ハンドルです。
つまり、どういう状態かというと。

毎度、便所の落書きレベルですいません。
ですが、この状況わかります?
兄ちゃんはハンドルに手をやったまま左手を伸ばすだけでこっちのタクシーに攻撃できるんです。
しかし!!!
じいさんは、身を乗り出さないと隣の車に届かないんです!!!
だから、ほとんど正面を見てないじいさんにこっちはヒヤヒヤです・・・。
この時ばかりは神に祈るしかありませんでした。
もちろん、他の車を巧みに避けながらなので、右に左に体がゆさぶられます。
しかし、エジプトでは日常茶飯事なのでしょうか、妙にこなれた感じでじいさんが車を操るのです。
途中からは得体の知れない安心感すら感じました。
ピラミッド前に到着。
そんなこんなでハイウェイを降り、ピラミッドが視界に見えてきました!
しかし、もう1秒でも早く車から降りたいので専用の駐車場の手前で降りることに。
運賃を投げるように支払い、荷物を持って走って逃げました。
しばらくして、ピラミッドの入場ゲートの手前まで来ました。
すると、ラクダを引いた兄ちゃんたちが一斉に声をかけてきます。
「ジャパニーズ!せっかくピラミッドを見るんだ、ラクダに乗りながら見なよ!安くしとくぜ。」
もう待ってましたとばかりに話しかけてきます。
そして、こちらがふっかけるでもないのに勝手に価格の言い合いが始まったのです。
これは・・・。ヤバイ。
さっきまでのトラウマが発動し、振り払うように走って逃げます。
もう、ホテルに帰りたい。
というわけで、ピラミッドを目の前にして我々は中には入らずにスフィンクスの迎えにあるでお馴染みの・・・。

ケンタッキーとピザハット。
2階のピザハットで馬鹿でかいピザを食べてホテルに帰るのでした。

さらばピラミッド。
悔いはなくはないがもうお腹いっぱいです。
ということで、エジプト旅行記ピラミッド編でした。
今でも一緒に行った友人とこの話はトラウマになっています。笑
皆さんも価格交渉は慎重に。ありがとうございました。
この後行ったイスラエルの話はこちら。
【ナイルのたまもの】エジプト・カイロ冒険記①~ラマダンと渋滞と一杯のビールの話~
こんにちは。小野Tです。
これまでの旅先で起こったトラブル話を忘れぬようにブログに書き残そうという趣旨で続けているこのブログですが、中々進みませぬ。
原因はいろいろありますが、いちばんは写真の整理ですね。百枚近くもあるSDカードから当時の写真を探すのがもう大変。
せめてフォルダーなりで整理しておけばよかった。
あとは、写真を見つけても、当時の思い出にふけって時間だけが過ぎて、「明日書き始めればいっか」で終わってしまいます。
明日やろうは馬鹿野郎ですね。
というわけで、不定期更新ですがお付き合いください。
さて今回の舞台はエジプトです。ぱっと思いつく話がいくつかあるので書いていこうと思います。
11年前のことになるので詳細な記憶は残ってませんので、旅の参考にはならないと思いますが、どうぞ優しい気持ちでお読みください。
さて、社会人2年目だった当時、友人と飲みながらお互いの趣味であるバックパッカーについて話しながら、「一緒に冒険してみる?」というノリで旅の予定が決まりました。
とりあえず目的地はイェルサレム!
ここでの出来事はすでに記事にしたので最後にリンクを張るので是非お読みください。
しかし、日本からの直行便を探しても見つからず。
なので、とりあえずどこかを経由していかなければならない。どこにしよう。
イスラエルの周辺を見ると、ヨルダン、レバノン、シリア・・・。
どこも危険なにおいがプンプンするぜ!!
と、地図を眺めながら考えているとある国に目が留まる。

エジプト!!君に決めた!
世界史教員としてこんなに熱い国はない。
ナイルのたまものって言いてぇぇー。(*´Д`)
ということで、出発します。
さて、この当時の自分自身の経験値として、東南アジアの国はほとんどめぐっていましたが、初めての本格的なイスラム教の国は初めてでした。
もちろんアフリカも。
なので、これまでにないくらい入念に準備が必要・・・・。
必要・・・。
必要なんだよなぁ・・。
とわかっているんですが、結局いつも通り往復の航空券のみ。笑
これもカイロとの往復なので、エジプトに行ってからイェルサレムまでいく方法を考えなければなりません。
ガイドブックも成田空港で購入。いつも以上にノープラン。
ちなみに、当時実家に住んでいましたが、出かけるときに親に言った一言は
「ちょっと出かけてくる。」でした。
母親はコンビニに出かけたと思っていたようで、3週間音信不通になったので、警察に相談しようか悩んでいたそうです。
そりゃそうか。ケータイも通じないしね。
そのぐらい、荷物も最小限しか持っていきませんでした。
ホテルも服も現地で買えばいいやの精神。
エジプト到着!
さて、エジプトに到着してからの細かな出来事は覚えていませんが、断片的な記憶を書いておきます。
(1)くっそ暑い。
そりゃ、アフリカですからね。気温は45度以上あったと思います。風もなく、日差しの強さが日本では経験したことのないものでした。ホテルから外に出た瞬間に体中の汗腺が全開になって汗が吹き出ます。大げさじゃなくそんな感じ。
(2)くssssssssssssっそまずい。
食事の話。
これも乾燥帯の世界ですから、食べるものがすべてパサパサしてます。マクドナルドのパテもまとまりがなく、肉のかけらがポロポロと落ちてきます。まずい。
それから、当時はラマダン(断食)の真っ最中。食事面ではいろいろ不便な思いをしましたが、その話はまた別で話します。
(3)くssssssssssっそがでない。
これまでにない環境の変化からか便秘に。まぁ、慣れって大事ですよね。
こんなところでしょうか。とりあえず、気温だけでなくイスラーム圏特有の自由のない感じが不快さに拍車をかけます。
ま、そんなことはおいといて話を進めます。
とりまナイル川にGO!
さて、空港からカイロ市街地までタクシーで約1時間ほどで到着。
ホテルに荷物を置いていざ探検!
ということで気合いを入れて繰り出すも、尋常じゃない日差しの強さに心が折れます。
本当は、乗り合いバスやら庶民の生活に近づきたいところですが、もうタクシーじゃなきゃ嫌です。
今回はこのタクシーの話がメインになります。
とりあえず、市街地の中心、タフリール広場へ。

中央のピンク色の建物が国立博物館。
歴代ファラオのミイラやツタンカーメンの黄金のマスクがおさめられています。
が、その左奥に見える、ナイル川!
まずは一目散に川を目指します。

いやー、特別これというほどのものではないんですがね。
しかし、満を持して。
「うーーーん。エジプトはナイルのたまものですなぁ。」
この一言が言いたかった。それだけ。
だが、それで十分。
ネタの意味が分からない方はこちらで勉強してください。
世界史履修者ならわかりますよね。
さて、本当にその一言と一杯のコーヒーでナイル川に別れを告げ、ナイル川をまたがる橋を渡り、カイロ市街を散策します。
カイロのタクシー事情
多分、カイロ大学を目指して歩いていたような気がします。
と、ここからが本記事のメインの話なんですが、街中を歩いていると異常なまでの頻度でタクシーに呼び止められるんです。
もう、時間で言えば20秒に1回。大げさでなくそんな感じ。
そんなわけなので、ただでさえ途上国特有の渋滞があるカイロで、客引きのためにタクシーが留まるわけですから大渋滞になります。
クラクションの音が常にどこかで鳴り響いています。
それで、あまりにも多いのでおかしいなと思い、通る車の様子をうかがっていたのですが、日本では見られない光景に気づいたのです。
それは、
どうみても一般の車が日本人の客を見つけた瞬間にタクシーに変わる
です。
気づいてしまいました。
対向車線を走る運転手と目が合ったと思ったら、運転手がなにやらガサゴソと車内で何かを探し始めます。
そして、車の上にそれをくっつけたのです。
それは、「TAXI」と書かれたプレートでした。
そして、その車は、渋滞の中を無理やりUターンをして我々の方へと近づいてきて、
「タクシー探してるんだろ。乗れよ。」と声をかけてきます。
もう、あらゆる車でそれが起こるので、大げさではなく我々日本人2人のせいでカイロの道路が交通マヒを起こしてました。これはかなりカルチャーショックでした。
特にナイル川を眺めながら橋を渡っているときは一部の車が橋の上でUターンをしたもんだから、地獄絵図のような渋滞になりました。
断食の習慣について
さて、イスラム圏への旅行でネックになるのが飲酒です。
ひと口にイスラム教といっても、国としてどこまで厳格にルールを適応するかは大きく異なります。
基本的に観光立国を目指そうとすると世界中から観光客を受け入れるわけで、寛容にならざるを得ないわけです。
寛容な地域はインドネシアなど東南アジアが多いですよね。
エジプトはというと、それらしきお店が全然見つかりません。
理由の一つにラマダンであることも大きく影響しています。
ラマダンとは、ざっくり言えば
「日の出ている間は食事をしない」です。
ですから、日の出の前の早朝や日没後は普通に食べていました。
で、ここで問題なんですがカイロ全体がラマダンに取り組んでいる中で、外からやってきた我々はどうなるかというと。
基本的には気にせずに食べてOKのようです。
食べれるもんならね。
日本語が話せるエジプト人が言うにはこうです。
「日中は腹が減って気が立っていて、観光客が食べてる姿を見たくないので店は閉める。逆に日が沈んだ後は我々が食事を楽しみたいので観光客は店に入れない。」
だそうです。まさにこの状況にぶち当たってしまいました。
一杯のビールを求めて
しかし
それでもビールが飲みたいんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
この気持ちは神にも止めることはできない!
この広いカイロの町のどこかにはあるでしょ!
ということで日の暮れ始めた頃、我々は動き出したのだ。
まずは、空いていたレストラン。
メニューを確認。ない!次!
日本料理の店。開いてない!!次!!
イタリア料理と思われる店。開いてない!!次!!!!!
と店に入って出てを繰り返しても、一向にお酒が置いてある雰囲気がない。
これが、本場のイスラム・・・。そして、アフリカか・・・。
酒に興味のない人からすればクソほど些末な問題ですが、私にとっては死活問題。
パスポートとWi-Fiとビールは大事。【格言】
そして、言うまでもないでが我々が動けば、大量のタクシーが発生するこの国ではマジで気が休まることはありません。
騒音と暑さによるのどの渇きによって、体の力が抜けていきます。
あと、意外と後から効いてくるのが砂塵です。
ずっと外にいると目が開かなくなってきます。グラサン必須ですね。反省。
ということで、だいぶ限界を迎えた我々が最後に向かったのが大きなショッピングモール。詳しくは忘れました。
そしてその中のとある店を見て、勝利を確信します。

これは、ある。
あるに決まってる。
ないわけがない。
よな?
最後の望みをもって店内に入る。
街中で流れるアザーンとは一転、プレスリーらしき曲が大音量で流れ、エアコンの冷たい風が全身を包む。
もう、最高。
しかし、これではない。私が求めているのは。
そして・・・・・。

もうなんも言ぇねぇ。
最高の一杯を堪能することができました。
ということで、エジプトはカイロのお話とイスラムの断食についての話でした。
初日からえらく疲れましたわ。
今回はここまでにしたいと思います。 では。
エジプトの後に訪れたイェルサレムの話はこちらです。
この旅行から10年後にイスラム教の洗礼を受けた時の話はこちらです。
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